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海外の映像作品を見る時、それを字幕で見るべきなのか、吹き替えで見るべきなのかと悩む人は多いと思う。かく言う筆者もそのひとりで、特に昨今、ディズニー作品などの3D映像においては字幕が平面映像と比べて読みづらいと、あえて吹き替えで見る人も多くなってきていて、そうなると悩みはさらに深まる。
確かにかつて、通は字幕で見るもので、吹き替えは漢字の読めない子供用という風潮があった。そして確かに映画館では未だに字幕版の方が上映館数も多いのも事実。けれど、NHKなどで放映される海外ドラマは例外を除きすべてが吹き替え作品だ。などなど考えているとそれは尽きず、とりあえずは字幕と吹き替えに対する認識を一度白紙にしても良い気がしてくる。
というわけで、今回は筆者が字幕版と吹き替え版を見比べてその違い、もしくはそれほど違いを感じなかったのかということについて書いてみたい。
まず、その両方を一見してすぐに気が付いた違いはウォルター・ジュニアのしゃべり方だった。ウォルター・ジュニアは脳性麻痺による軽度の言語障害を抱えている。字幕版、つまり英語で俳優がしゃべるときは舌足らずなしゃべり方をしているのだが、吹き替えでは聞き取りづらい演出は回避されたのか滑舌よくしゃべっている。
あと全体的に英語圏の人たちは声が低いように思える。これは文化の違いではないかと推測するけれど、日本では高い声がかわいいとされていて、海外では低く声の腰が据わっているような声が魅力的に感じてしまうということがひょっとするとあるのかもしれない。勘違いかもしれないけれど。
そのため、吹き替えでは主人公ウォルターもハキハキと明快にしゃべる。英語はそれと比べると声が低く咳き込むことが多いこともあってはっきりと発音していないシーンが結構ある。
また、それとは別に字幕と吹き替えは情報量にも差があった。では実際のシーンを例にして見てみよう。

1話。ウォルターが洗車のバイト中、突如倒れ救急車で運ばれる時のシーン。
救急車の中で救命医に診察されながらウォルターは途中で降りたいと言いその理由を述べる。これはそのときのセリフ
字幕
「実は保険が心配なんだ」
吹き替え
「実はよい保険に入っていなくて診察が……」
英語
「Just it like,I don’t have the greatest insurance.」
(実は、良い保険に入っていないんだ)
こう見ると、字幕は文字数を多くすると読み逃してしまうため最小限に抑える必要があり、わずかながら情報がこぼれていることがわかる。ここでは「良い」という言葉が抜けている。もちろん意味的は伝わっていることは言うまでもないけれど。

そして次はそう言ったウォルターを診察しながら救命医が連絡をとる必要があるかと聞くときのセリフ。
字幕
「連絡してほしい方は?」
吹き替え
「家族の方に連絡しましょうか?」
英語
「Is there,anybody you wana ask to contact for you?」
誰か連絡を取りたい人は居ますか?

吹き替えの家族は英語では言っていないけれど、ニュアンスとして加えたと想像できる。やはりここでも字幕は意図的に最小限の情報に圧縮していて、文章を意図的に短くしていることが分かる。

次は、一通り診察を終えた救命医が肺の様子に異変を感じタバコを吸っているか聞くシーン。
字幕
「タバコは?」
「いや、吸わないが。……どうして?」

吹き替え 「タバコは吸いますか?」
「いや、吸わない。……なぜそれを?」

英語
「Mr.White.you are smoker?」
(ホワイトさん。喫煙者ですか?)
「No never.……why do you ask?」
(いや、全く。……なぜ聞く?)

この箇所は字幕も吹き替えも同じと言っていいと思う。そして何よりその両方ともに情報の取捨選択が洗練されているのが分かる。英語は日本語と違い主語を省けないのでどうしても一文、一文が長くなってしまう。
だから、ここではそのニュアンスを大事にするためにホワイトさんという呼びかけなどを切っていると想像できる。

一応、見比べてみたけれど、一長一短ということは変わらない様子だ。吹き替えは字幕よりも情報量が多い場合がある。けれど、字幕は実際の俳優の声が聞こえるのでその細かいセリフの抑揚が楽しめる。

筆者の場合はというと、連続してみている時などで字幕に目が疲れたら次の話は吹き替えで見るという事があります。また、ながらで見る場合も吹き替えです。でも、じっくり見たい時は字幕で、字幕は画面から目を離せないけれど、雰囲気は本来のものがあるので入り込んでみたい時は字幕で見ています。
と言ったところでしょうか。
楽しみ方は人それぞれですので参考になったなら幸いです。

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